「退職した従業員に対する損害賠償」・・弁護士・吉川 愛
本件は、A社がBに対し、A社に虚偽の事実を伝えて退職したとして、損害賠償請求訴訟を起こした事件です。この裁判で、B側は裁判を起こすことが不法行為だとして逆に訴え返しました。判決はA社の請求は認められず、BのA社に対する不法行為請求が認められました。
本来、民事訴訟を起こしたことが不法行為となるのは、「当該訴訟において提訴者の主張した権利が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえるといえるのに敢えて訴えを提起した」と言えるような場合とされています。
今回の事件は、Bがうその事実(うつ病であるということ)を伝えて退職したことにより、A社が被った損害を賠償するように求めるというものでした。判決では、Bが伝えた退職の事実については、嘘であったと評価できる可能性を残しつつ、仮にそうであったとしても、A社が主張するような損害が発生し得ないとして、A社の訴え提起は不法行為になると判断しました。従来見られるのは、本件でいうと、Bが嘘をついていないこと(不法行為自体がないこと)が明らかにも関わらず訴訟を起こした、という事実的根拠を欠くような事例ですが、本件は嘘を付いたという事実については事実的根拠を欠くとまでは言えないが、法律的根拠を欠くことを理由に不法行為責任を認めたという点で注目に値します。
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