「株式会社の取締役が一人の場合の辞任」・・・ 弁護士・伊藤祐介
私は,知人と2人で,共同で株式会社を設立し,飲食店を経営しています。経営にあたっては,私が唯一の取締役かつ代表取締役となっていますが,出資者は知人で株式も知人が保有しています。
最近,コロナの影響で,飲食店経営が思わしくなく,私は飲食店事業から撤退するとともに,会社の代表取締役も辞めたいのですが,知人は飲食店事業を継続する気持ちが強く,なかなか私が辞めることを認めてもらえません。知人が辞めることを認めなかった場合,どうしたら良いでしょうか。
株式会社の取締役は,株主総会によって選任されます(会社法(以下「法」)第329条1項)。取締役の任期は,非公開会社の場合,選任後10年まで伸長可能であることから(法第332条2項),任期満了まで,かなりの長期間となることが見込まれます。
しかし,取締役の任期途中であっても,取締役の意思で辞任をすることは可能です。一般に,取締役は労働者ではなく,会社との間で委任関係にあると理解されています。そうすると,委任契約を定めた民法の規定に基づき,取締役は自らの意思で辞任をすることが可能です(民法第651条)。
もっとも,御社の場合,取締役が1名しかいないことから,辞任した後に問題が生じます。つまり,株式会社には1名以上の取締役を設置しなければならないことから,あなたが取締役を辞任した時点で,御社の取締役が「欠けた場合」(法第346条1項)にあたります。そうすると,新たな取締役が就任するまでの間,あなたは,いわゆる権利義務取締役として,辞任後も取締役としての法的責任を負い続けます。
また,辞任後は,辞任を理由とする取締役の退任登記を行う必要があり,これを怠ると,辞任後も登記簿上ではあなたが代表取締役のままとなってしまいます。この点からも,辞任後にあなたが会社の法的責任を負ってしまう可能性が生じます(法第908条参照)。
なお,株式会社の新たな取締役の選任については,上記の通り,株主総会の決議に基づくため,あなたではなく,知人の方しか御社の取締役選任の権限がないことになります。
したがって,知人の方があなたの取締役辞任の意向を汲んで,新たな取締役の選任を行わない限り,あなたは取締役を辞任したとしても,法的には取締役を辞任できていないこととなってしまいます。
このように,株式会社において,取締役が1名のみ,かつ,当該取締役が株式を保有していないパターンでは,取締役が辞任の意思を有していても,事実上,退任の自由がない状況に陥ることがあります。
通常,稼働している会社においては,取締役が存在しなければ,会社の業務遂行自体が困難となるため,このような事態に陥ることは多くはありません。しかし,少人数での起業などの際には,このようなことが生じうる事も念頭に置き,会社組織の構成をご検討いただけたら幸いです。
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