「どちらが物の所有権を取得できるか」・・・・・・・・・・・ 弁護士・吉川 愛
A子から「ダイヤモンドの指輪を買わないか」と言われ,買うことにしてお金を支払いました。翌々日,A子に対し指輪を渡すよう,要求したところ,A子は「昨日のうちにB子に売り,もう手元にはない。」と言って指輪を渡しません。先にお金を払ったにもかかわらず,指輪は手に入らないのでしょうか。
物の売買において,売主が二人の人間に売ることを約束してしまうことはあり得ることです。この場合,物は一個しかありませんから,二人の買主のうち,どちらかは,物を取得できないことになります(ただし,二つの売買契約自体は有効に存在しているので,物を取得できなかった人は,売主に対して損害賠償請求をすることができます)。
こういった場合に,どちらが物の所有権を取得することができるかについて,民法は取決めをしています。
今回の相談者のように,購入した物が指輪などの動産だった場合には,物の引渡しを受けた人が,契約の前後に関わりなく,所有権を取得することができます。
これに対して,購入した物が土地や建物などの不動産だった場合には,不動産の登記を先にした方が,契約の前後に関わりなく,所有権を取得することになります。
ちなみに,物ではないので所有権の話ではありませんが,似たような話で,例えば相談者が購入したものが,A子のC子に対する貸金債権であった場合に,B子に譲渡されてしまった場合には,契約の前後にかかわらず,確定日付(内容証明郵便や公証役場における確定日付)による譲渡人(A子)の通知又は債務者(C子)の承諾を先に得た者が,その権利を取得することになります。
このように,所有権を売主以外の第三者に主張するためには,動産の場合には引渡し,不動産の場合には登記をしている必要があるのです。第三者に所有権を対抗するための要件ですから,法律用語で「対抗要件」と呼ばれます。
本件では,A子は指輪をすでにB子に引渡してしまっていることから,B子は「対抗要件」を既に取得し,相談者に対して指輪の所有権を主張することができます。従って,B子がA子と共謀して相談者に損害を与えることを分かっていながら指輪を購入したような例外的な場合を除いて,相談者はB子に「指輪の所有権は自分にあるのだから,指輪を渡せ。」ということはできないこととなります。
契約関係は,信頼に基づき成立することもあるかもしれませんが,必要最低限の民法上の取決めくらいは頭に置いておくと,後々のトラブル対策になるかもしれません。
|