|
「性犯罪処罰規定」・・・弁護士・新垣義博
現行刑法典の性犯罪処罰規定は、明治41年に刑法典が施行されて以来、この間における時代環境と社会意識の大きな変化にもかかわらず、基本的にそのまま維持されてきましたが平成29年に改正されました。そして、令和5年に、性犯罪処罰規定は、さらに大きく改正され、その姿を一新しました。
本稿では、これら法改正の意義、及び不同意性交等罪の要件のうち性的同意年齢の引き上げと年齢差要件について説明します。
1 改正の意義について
(1) 平成29年改正
平成29年改正前、現不同意性交等罪は、強姦罪でした。強姦罪は、「暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。」と定められていました。
以上のように、強姦は男女間の性交に処罰範囲が限定されていました。しかし、性被害の実態に性差はなく、強姦罪の規定に対しては国際的な批判がありました。また、処罰対象が性交に限られることについても性被害の実態が反映されたものではないとの批判がありました。
このような世界的な潮流の中で、平成29年、強姦罪は強制性交等罪に姿を変えました。同罪は「十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛こう門性交又は口腔こう性交をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。」とされました。これにより、男性に対する性被害や男性器を口や肛門に挿入された場合も処罰の対象とされるに至りました。
(2) 令和5年改正
強制性交等罪に対しては、被害者の立場から、「暴行・脅迫」要件を外すことが強く求められていました。この主張の根底には、形式的な暴行・脅迫行為がなければ性被害とはいえないとする社会の無理解により、多くの被害者が被害を訴えられずにいたという実態がありました。
被害者のこのような声が言動力となって、令和5年改正は不同意性交等罪を成立させるに至りました。
「不同意」の文言が性犯罪規定の見出しに用いられたことは、性犯罪は同意のない性行為であり、暴行・脅迫によらなくても犯罪が成立するべきであるという被害者の主張が反映された点で、画期的でした。
2 性的同意年齢の引き上げと年齢差要件について
(1) 令和5年改正は、上記の意義に加えて、配偶者間においても性犯罪が成立することを明確化するなど、多くの重要なポイントを含んでいます。本稿では、紙幅の都合上、被害者の性的同意年齢(同意の有無を問わずに不同意性交等罪が成立する年齢)の要件と年齢差要件について説明したいと思います。
(2) 平成29年改正により成立した強制性交等罪においては、被害者の性的同意年齢は「13歳未満」でした。13歳未満の者は、行為の性的な意味を認識する能力が欠け、性的行為に関する自由な意思決定の前提となる能力がないとされたためであると考えられたからです。しかし、性的同意年齢を「13歳未満」よりも引き上げるべきであるとの批判が、国内外からありました。
また、性的行為に関して有効に自由な意思決定をするための能力は、@行為の性的な意味を認識する能力に加えて、A行為の相手方との関係で、行為が自己に及ぼす影響について自律的に考えて理解し、その結果に基づいて相手方に対処する能力も必要であると考えられます。
その上で、@及びAの能力は、年齢とともに心身が成長し、社会的な経験を積み重ねることによって向上していくものと考えられます。そして、これらの能力が十分に備わるとみることができる年齢は、早くとも16歳であると考えられました。
(3) その結果、令和5年改正では、性的同意年齢を「16歳未満」に引き上げるとともに、13歳未満に対する性的行為と13歳以上16歳未満の者に対する性的行為について扱いを異にしました。
すなわち、13歳未満の者については、@の能力が備わっておらず、有効に自由な意思決定をする前提となる能力が一律に欠けるとの考えに立ちました。
他方、13歳以上16歳未満の者については、@の能力が一律に欠けるわけではないものの、Aの能力が十分でなく、相手方との関係が対等でなければ、有効に自由な意思決定ができる前提となる能力に欠けるとの考えに立ちました。
そして、13歳以上16歳未満の者については、相手との年齢差が大きい場合には、相手方との関係が対等であるとはいえず、性的行為に関する自由な意思決定ができないと考えたのです。
(4) 以上の考えに基づき、不同意性交等罪においては、被害者の年齢に応じて犯罪の成立要件を以下の3段階に分けて規定しました。
I. 被害者が13歳未満の場合は、同意の有無や手段の如何、さらに行為者の年齢にかかわらず無条件に不同意性交等罪が成立します。
II. 被害者が13歳以上16歳未満の場合は、行為者が5歳以上年長の者であるとき、同意の有無に関わらず不同意性交等罪が成立します。 (5歳以上年長の者とは、例えば、2010年4月1日に生まれた15歳の者との関係で、2005年3月31日以前に生まれた者をいいます。)。もっとも、5歳以上の差がない場合であっても、性交等が「不同意」の場合には不同意性交等罪が成立します。
III.被害者が16歳以上の場合は、性交等が「不同意」の場合に不同意性交等罪が成立します。
|