「訴訟上の和解の効力」・・・弁護士・伊藤祐介
はじめに
裁判所での訴訟が係属中に,当該訴訟手続において当事者が和解し,係争を終えることを訴訟上の和解という。
訴訟上の和解の効力が事後的に問題となる事例は,多いとまでは言えないが,かかる事例が存在することは確かである。そこで,以下,訴訟上の和解は,何を根拠として当事者を拘束するのか検討する。
1 訴訟上の和解の定義・法的性質
訴訟上の和解とは,「訴訟の係属中両当事者が訴訟物に関するそれぞれの主張を譲歩した上で,期日において訴訟物に関する一定内容の実体法上
の合意と,訴訟終了についての訴訟法上の合意をなすこと」をいう。
訴訟上の和解の要件は,@合意の客体たる権利関係(「訴訟物たる権利関係とこれに付随する権利関係とに分けられるが,主として問題となるのは前者である」)が「当事者の処分に委ねられていること,すなわち私的自治に服するもの」であること,A合意の主体たる訴訟当事者が,訴訟能力や訴訟要件一般を具備していること,である。
その効力は,和解調書への記載をもって,「確定判決と同一の効力を有する」(民事訴訟法第267条)。
そして,「確定判決と同一の効力」の意義として,その給付条項に執行力が生じ,和解調書が債務名義(民事執行法第22条7号)として扱われることは実務上争いがない。問題となるのが既判力(裁判所の判決主文の効力)であるが,一般的には,訴訟上の和解をした当事者間で,後日,当該訴訟上の和解に関する紛争が生じる場合は,既判力ではなく和解契約に関する民法第696条の適用が問題となるとされる。
2 民法における和解契約
和解契約とは,「当事者双方が互いに譲歩して,その間にある紛争をやめることを約束する契約」(民法第695条)をいう。双務・有償・諾成契約である。
和解契約の要件は,@法律関係について「争い」が存在すること,A当事者が互いに譲歩すること(互譲),B紛争終結の合意をすること,である。
@について,和解契約とされるためには,「争いが存在」していなければならない(「争いなくして,和解なし」)。「争い」とは,紛争当事者において,「両当事者が法律関係の存否,範囲または態様に関して対立する主張」をしていることをいう。「争い」の種類には制限がないが,「互譲」との関係で,当事者が自由に処分できるものである必要がある。
Aについて,和解契約とされるためには,当事者双方が譲歩をしたこと(互譲)が必要である。和解契約には,当事者間で何らかの不利益を負担し合う関係が必要と考えられているためである。
和解契約は,和解の対象とされた事項がたとえ真実と異なっていたとしても,和解したとおりに確定する効果がある(和解の確定効)。ただし,和解の確定効は,「争い」の対象となり,それについて「互譲」により「確定」された部分についてのみ生じる。和解をするにあたり当事者が前提として争わなかった部分についてまで確定効が生じるものではない。
3 訴訟上の和解の拘束力が否定される場合
以上のとおり,和解の確定効は,訴訟で「争い」の対象となり,それについて「互譲」により「確定」された部分について生じる。そうすると,訴訟において,当該問題となった部分が「争い」の対象として審理された上で(少なくとも訴訟当事者の共通認識として「争い」の存在を認識していなければ,「争い」についての「互譲」ができない),訴訟上の和解が成立していなければ,当該訴訟上の和解の拘束力は否定される方向に働くであろう。
「和解と錯誤」についての有名な判例である苺ジャム事件(最判昭和33年6月14日(民集12巻9号1492頁))は,和解の目的物であった苺ジャムの品質が訴訟の中で「争い」となっておらず,この点についての「互譲」もあり得ないと考えると,和解の確定効がそもそも及ばないことから,訴訟上の和解の錯誤無効の主張が認められたとも考えられる。
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