「下請代金支払遅延防止法(下請法)」・・・弁護士・吉川 愛
1 下請法とは
下請法の目的は「国民経済の健全な発達に寄与するため」に、「親事業者の下請け事業者に対する取引を公正ならしめる」とともに、「下請け業者の利益を保護」することにあります。これは条文の言葉をそのまま利用して説明したものになります。平易な言葉で表現すると、取引を行うにあたり下請けの弱者的立場の業者を保護する、弱いものいじめを抑止するために作られた法律ということもできます。もともと、独占禁止法という法律があり、この法律には優越的地位の濫用が禁止されています。しかし、この法律はどの取引にも適用されるが故に、どの取引関係が法の適用対象となるのか、どの行為が不利益を与えたのか、という個別判断が必要となります。下請法は、下請業者の利益を迅速に確保するため、資本金の額など、形式要件によって行為の適用対象を判断し、違反行為についても具体的に定めた上、該当行為は原則として下請法違反(濫用行為)に該当することとして、独占禁止法の補完をしている法律です。
2 下請法の内容
下請法の適用対象は資本金の額で形式的に決められています。一定の取引で一定の資本金を有する会社は下請法の規制対象の親事業者として、一定の義務と禁止事項が定められています。
義務としては、下請け業者に対して書面を交付する義務、保存義務、支払い期日を定める義務、遅延利息を支払う義務などがあります。例えば、支払い期日については、役務の提供日や納品日から60日以内に原則としては請負代金を支払わなければなりません。月末締め翌々月払い、などは単発の取引では下請法違反となりかねません。
禁止行為としては、買いたたきの禁止(価格水準を不当に低く設定すること)、受領拒否の禁止(元請の都合で、まだ納品の必要がなく、在庫の管理が大変などと下請け業者に関係のない事情で納品日に受領を拒否すること等)、返品の禁止(検査をした場合ではなく、単に売れ残った等の理由で返品を行うこと等)などが、契約交渉の局面や納品の局面では制限されています。
下請代金支払の場面では、下請代金の支払い遅延、減額が禁止されています。また、取引の場面ではなくとも、優越的な地位にあることから生じ得る、親事業者からの購入や利用強制など、契約外で親事業者の利益になる取引等が禁止されています。
3 下請法の対象となる取引
下請法の対象となる取引は下請法によって制限されています。具体的には@製造委託(一番想像が付きやすい物の製造を委託するもの)、A修理委託(物品の修理を別事業者に委託)、B情報成果物作成委託(テレビ番組などの制作、設計図面の制作、プログラム作成の委託など)、C役務提供委託(保守点検など、役務の提供の委託)が規定されています。取引によって、規制の対象となる親事業者の資本要件、下請会社の資本要件が異なっています。資本金が1000万円を超える事業者は資本金1000万円以下の事業者(個人事業者も含みます)との契約においては親事業者となります。また、製造業は一部の例外がありますが、資本金3億円を超える事業者は、資本金3億円以下の事業者に対して親事業者となります。情報成果物作成委託や役務提供委託については、資本金5000万円を超える事業者は資本金5000万円以下の事業者に対して親事業者となります。
4 今後の下請法の展望
下請法は独占禁止法の補完的な法律であるということは先に述べた通りです。ただし、下請法は例えばトンネル会社を利用して(親事業者となる資本金を持つものが、間にその要件を満たさない会社を通すなど)形式的要件を潜脱できるような場合があります。また、資本金1000万円以下の会社が個人事業主などに仕事を依頼する場合には適用がありません。昨今では資本金1000万円以下の会社がフリーランスの個人事業主に個別に仕事を依頼する形態が増えており、今後当該フリーランスを保護するために、下請法が改正されることが予定されています。また、飲食の配達を担う「ギグワーカー」と呼称される人たちは、発注者の指揮命令を受けて仕事に従事する場合が想定され、そのような場合には労働法の適用が見込まれています。働き方が多様になった今、仕事を受ける弱い立場の事業者又は労働者を守る法改正や運用が期待されています。
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