「プロバイダ制限責任法の改正」・・・弁護士・高井陽子
令和4年6月13日に侮辱罪を厳罰化することを含む改正刑法が成立しました。これは、近年のSNSやインターネット上の誹謗中傷による被害者が増加し、被害内容も深刻化しているためです。
そして、SNSやインターネット上の誹謗中傷により自己の権利を侵害された場合に、その被害回復を少しでも円滑にするため、プロバイダ責任制限法も改正されています(以下「改正法」といいます。)。
改正法は、令和3年4月28日に公布されており、令和4年10月1日に施行されます。
1 現行法でのやり方
SNSやインターネット上で匿名の発信者によって誹謗中傷された場合には、プロバイダ等に対して、発信者の特定に関する情報の開示請求を行って発信者を特定し、発信者に対して損害賠償請求等を行う方法が考えられます。
現行法では、@SNS事業者等のコンテンツプロバイダに対して、IPアドレス等の発信者情報を開示するよう仮処分の申立を行い、Aかかる情報に基づいて通信事業者等の経由プロバイダに対して契約者(発信者)の住所、氏名等の開示請求訴訟を提起し、開示判決を受けて発信者を特定した上で、B発信者に対する損害賠償請求をする必要があります。
かかる方法は、発信者特定のために多くの時間と手間をかけさせることになり、迅速に被害者を救済できない側面がありました。
また、ログインをしたまま投稿を行うSNS等では、投稿時のIPアドレスが保存されていないものもあり、ログイン時のIPアドレス等が必要となるところ、現行法ではログイン時のI Pアドレス等の開示請求ができるかにつき、裁判例が分かれていました。
2 改正法による変更点
(1)新たな裁判手続(非訟手続)の創設
これまでと異なり、発信者情報の開示を一つの手続きで行うことを可能とする新たな裁判手続き(発信者情報開示命令(改正法第8条)、提供命令(同法第15条)、消去禁止命令(同法第16条)、発信者情報開示命令に対する異議の訴え(同法第14条)等)が創設されました。
具体的には、裁判所は、コンテンツプロバイダに対して発信者情報開示命令の申立をした者の申立により、開示命令が発令される前の段階において、同コンテンツプロバイダに対し、@経由プロバイダの名称等を申立人に提供することを命ずること、A提供命令を受けた同コンテンツプロバイダに、保有するIPアドレス等を、申立人には秘密にしたまま経由プロバイダ等に提供することを命ずることができます(提供命令)。
そして、提供命令の申立人が、提供命令によりその名称等が提供された経由プロバイダに対して発信者情報開示命令の申立を行った場合、同手続は、既に裁判所に係属しているコンテンツプロバイダに対する開示命令事件の手続と併合され、一体的な審理を受けることができます。
また、裁判所は、開示命令事件の審理中に発信者情報が消去されることを防ぐために、申立により、開示関係役務提供者が保有する発信者情報の消去禁止を命ずることができます(消去禁止命令)。
(2)開示請求を行うことができる範囲の見直し
さらに、ログインをしたまま投稿を行うSNS等に関し、ログイン時やログアウト時の通信を「侵害関連通信」(改正法第5条第3項)とし、「侵害関連通信」に係る発信者情報を「特定発信者情報」(改正法第5条第1項柱書)として、特定発信者情報の開示請求権が創設されました。
これにより、ログインをしたまま投稿を行うSNSにおける誹謗中傷に関しても、要件を満たせば発信者情報を取得することができます。
3 以上の通り、改正法により、これまでと比べて誹謗中傷をした発信者を特定するための手間・時間が減ることが予想されますので、これまで泣き寝入りせざるを得なかった被害者が減り、適切に被害回復がされること、かかる手続により更なる誹謗中傷が抑止できることを望みます。
なお、改正法は、「施行後五年を経過した場合において、新法の施行の状況について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」(改正法施行附則第3条)とされています。
これは、改正法が施行された後、改正法が適切に運用され、発信者情報の開示請求について迅速かつ適正な解決がされているかを確認・見直すためのものです。
インターネットやSNSの利用方法は、常に進化していることから、改正法施行後も、匿名の攻撃により辛い思いをする方が減るよう、実情に即した必要な措置がとられることを期待します。
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