「民事執行法の改正(債務者財産の開示・情報取得手続等)」・・・弁護士・高井陽子
裁判で勝訴判決を得た場合、次は相手方に判決内容を実行してもらわなければなりません。相手方がこれに応じない場合は、相手方の財産に対して、裁判所に強制執行の申立てをすることができます。
しかしながら、相手方がどのような財産を有しているのかを把握・特定することは難しく、財産の特定ができない場合、強制執行の申立てができず、何も回収することができません。勝訴判決を得られる見込みが高いものの、相手方の財産が分からず、回収の見込みが低い状況をどう解決するかは、常に悩ましい問題です。
この点、平成15年に、金銭債務について、執行力のある債務名義を有する債権者の申立てにより、執行裁判所が債務者等を呼び出し、債務者の財産に関する情報を債務者自身に陳述させるという財産開示手続が創設されましたが、これまで十分には活用されていませんでした。
そこで、今回、財産開示制度をより利用しやすく実効的にするために、現行の財産開示手続の見直し、及び債務者以外の第三者から債務者の財産に関する情報を取得できる手続きが新設されました。一方で生活に困窮する債務者を保護する観点から、差押禁止債権をめぐる規律も見直されました(民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律(以下「改正法」といいます。)
改正法は、令和元年5月10日成立し、同月17日に公布されました。附則中の一部の規定を除いて、令和2年4月1日から施行されます。
第1 財産開示手続の見直し
1 申立権者の範囲の拡大
民事執行法(以下「法」といいます。)第197条1項では、財産開示手続を利用できる申立権者が、確定判決等の債務名義を有する者に限定されていましたが、改正法では、仮執行宣言付き判決を得た者や離婚の際に公正証書で養育費の支払いを取り決めた者など、金銭債権についての強制執行申立てに必要な債務名義であれば、これに基づいて財産開示手続の申立てができることになりました(改正法197条1項)。
2 罰則の強化
法第206条1項は、財産開示手続において、債務者の不出頭や虚偽陳述に対する罰則として、30万円以下の過料が定められているだけでしたが、改正法では、不出頭等には、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金という刑事罰による制裁を科しています(改正法213条)。
第2 債務者以外の第三者から情報を取得する手続きの新設
1 金融機関からの情報取得手続き
債権者は、金融機関から、債務者の預貯金債権や上場株式等に関する情報の提供を受けられるようになりました(改正法207条)。
提供される情報の範囲は、預貯金債権等に対する強制執行の申立てをするのに必要となる事項です。預貯金債権の場合、預貯金債権の存否並びにその預貯金債権が存在するときは、その預貯金債権を取り扱う店舗並びにその預貯金債権の種別、口座番号及び額になります(改正民事執行規則(以下「改正規則」という。)191条1項・2項)。
2 登記所からの情報取得手続き
債権者は、登記所から、債務者の所有する土地・建物に関する情報の提供をうけられるようになりました(改正法205条)。
提供される情報は、債務者が所有権の登記名義人である土地等の存否及びその土地等が存在するときは、その土地等を特定するに足りる事項です(改正規則189条)。
ただし、プライバシーへの配慮等から、本件申立てをするには、情報取得手続きの申立前3年以内に財産開示期日が実施されたことが必要になっています(改正法205条2項)。
また、登記所の体制整備の必要等から、改正法205条の規定は、改正法の公布の日から起算して2年を超えない範囲内において政令で定める日までの間は、適用しないとされています(改正法附則5条)。
3 市町村等からの情報取得手続き
債権者は、市町村や日本年金機構等の公的機関から、債務者の給与債権(勤務先)に関する情報の提供を受けられるようになりました(改正法206条)。
提供される情報は、給与又は報酬若しくは賞与の支払をする者の存否並びにその者が存在するときは、その者の氏名又は名称及び住所です(改正民事執行規則190条)。
ただし、給与債権に関する情報は、とりわけ債務者の生活に直結し、債務者のプライバシーへの配慮の必要性が高いこと等から、申立権者は、養育費や婚姻費用の支払請求権や生命・身体の侵害による損害賠償請求権に関して執行力のある債務名義の正本を有する債権者に限定されています(改正法206条1項柱書)。
また、登記所からの情報取得手続きと同様に、本件申立てをするには、情報取得手続きの申立前3年以内に財産開示期日が実施されたことが必要です(改正法206条2項、同205条2項)。
第3 差押禁止債権をめぐる規律の見直し
法153条では、債権の差押えにより債務者の生活が困窮することを防止するため、債務者が差押命令の取消しを求める制度(差押禁止債権の範囲変更の制度)を規定しています。しかしながら、現状では、この制度はあまり活用されていませんでした。
そこで、改正法では、債権差押命令を受けた債務者に対し、裁判所書記官が、差押え禁止債権の範囲変更の制度の存在を教示することとしました(改正法145条4項)。
また、取立権の発生時期を見直し、給与等が差し押さえられた場合に、債務者が差押禁止債権の範囲変更の申立てのための準備期間を1週間から4週間に伸長しました(新法155条2項)(扶養義務等に係る債権を請求債権とする場合を除く)。
|