「退職した社員の競業避止義務について」・・・弁護士・梶 智史
1 退職した社員(労働者)が,会社と同様の事業を行い,会社の顧客を奪うような行為をすることを防ぐことはできるのでしょうか。
在職中の労働者については,信義則上,会社と競合する企業に就職したり自ら開業したりしてはならないという競業避止義務が課されていると解されています。したがって,会社はこれに違反した社員に対して,損害賠償請求等の法的な請求を行うことができるという点で,労働者に対して一定の抑止力を持つことができます。
一方で,退職した労働者については,会社と労働者との間で特別の定めがある場合にのみ労働者は競業避止義務を負うものと解されています。なぜなら,退職した労働者に対して競業行為を禁止することは,当該労働者の「職業選択の自由」(憲法22条)を制限することになるからです。
では,退職した労働者についても競業避止義務が認められる根拠となる特別の定めとはいかなるものでしょうか。
この点,就職時や退職時に,労働者に対して,競業行為をしない旨の記載がある誓約書や契約書に署名させるという例が見られます。この誓約書等については,上記の職業選択の自由の観点から注意すべき事柄があります。
2 この点,労働者が,会社に対して,「退職後2年間は,在職時に担当したことのある営業地域並びに隣接地域に存する同業他社に就職をして,あるいは,同地域にて同業の事業をしないこと。」を約した誓約書を提出したにもかかわらず,同社を退職後,同業のフランチャイズチェーンに加盟し,営業活動を行ったことが問題となった「ダイオーズサービシーズ事件」(東京地裁平成14年8月30日)においては,退職後の競業避止義務を定めた誓約書は,「期間,区域,職種,使用者の利益の程度,労働者の不利益の程度,労働者への代償の有無等の諸般の事情を総合して合理的な制限の範囲にとどまっていると認められるとき」は無効とはいえないと述べた上,当該誓約書を有効であるとしています。具体的には,退職後2年間のみ競業避止義務を負担するとされていること,競業避止義務を負うとされる地域が限定的であるなどの事情を考慮して上記の判断をしています。
3 また,高齢者向け弁当宅配事業を営む会社のフランチャイジーだった者が,会社との契約終了後も屋号のみを変更し,実質的に同種の事業を行っていたことが問題となった「エックスヴィン事件」(大阪地裁平成22年1月25日)においては,競業避止義務規定は,会社がフランチャイズシステムの顧客・商圏を保全するとともに,事業のノウハウ等の営業秘密を保持するという重要かつ合理的な趣旨目的を有するとして,無効とはいえない旨判断しています。
すなわち,会社は,自らが展開する事業について,宣伝,広告活動を行い,また,長年営業を継続することで顧客からの信頼を獲得しているのであるから,この信頼を法的にも保護する必要があるとの視点から,競業避止義務規定を有効であると判断しているのです。
4 会社は自社の事業の利益を保護したいとの思いから,退職する労働者に対して重い競業避止義務を負わせようとする傾向にあります。
しかしながら,上記で述べた様に,労働者の職業選択の自由を保護する観点から,あまりに重い競業避止義務を課すと,裁判上無効と判断されるおそれがあり,結果として会社の事業の利益を保護するという目的が果たされないというリスクがあるのです。
会社の保護すべき利益と,労働者への負担とを考慮して,適切な対応をとることで会社の事業価値を保全することが重要であると思います。
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