「労働者の健康と長時間労働」・・・弁護士 梶 智史
先日大手居酒屋チェーン店の従業員が自殺したのは、長時間労働によるストレスが原因であったとして、労災適用が認められたとのニュースがありました。
労働者の長時間労働は、労働者の会社に対する貢献、業務に対する熱心さから行われるものであるとの考えもあるかもしれません。しかし、長時間労働を原因として労働者が精神的・身体的疾病を発症した場合、使用者である会社は労働者に対して、民事上の損害賠償義務を負うおそれがあります。そこで、以下では使用者が労働者の健康に配慮する義務を負うのか、負うとしていかなる義務であるか、当該義務に違反した場合のリスクについて検討することにします。
第1 使用者は労働者の健康にも配慮する義務を負う?
1 使用者は労働契約上の義務として労働者の健康にも配慮する義務を負うか?
労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働するこ とができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しています。そして、労働契約法の解釈に関する通達(平成 20年1月23日基発)は「生命、身体等の安全」には心身の健康も含まれるとしています。
そこで、使用者は労働契約上、労働者の健康にも配慮する義務を負うとする考えもあるようです。
2 最高裁は労働契約上の義務として労働者の健康にも配慮する義務があると認めているわけではない。
しかし、最高裁平成12年3月24日判決(いわゆる「電通事件」)は、長時間労働により鬱状態となり、その結果 自殺した労働者の遺族が会社に対して損害賠償請求した事件について、「使用者は、その雇用する労働者に従 事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者 の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当」と判断し、損害賠償請求自体は認 めたものの、労働契約上の義務として、使用者が労働者の健康に配慮する義務を負うとは判断しませんでし た。
3 使用者は労働者の健康に配慮しなければならない。
最高裁が使用者の労働者の健康に配慮する義務を労働契約上の義務として認めなかった理由は定かではあ りませんが、少なくとも、労働者が業務による明らかな過剰負荷により、精神障害等の疾患を発症した場合、「使 用者が労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務に違反した」として、損害賠償請求されるお それがあることは確かです。そして、労働者の健康が害され障害を負ってしまった場合や死亡してしまった場合 には損害賠償額はかなりの高額になることは間違いありません。
そこで、結論的には、使用者は労働者の健康に十分注意しなければならないことになります。
第2 労働者の健康管理の観点から気をつけたいこと
1 長時間労働を行っていないか注意する
では、「使用者が労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務に違反する」とは、具体的にはど のようなことなのでしょうか。
最もわかりやすいのは、先ほども述べた電通事件でも問題になった長時間の残業についての注意義務です。 電通事件では、具体的には「使用者が恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状 態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことに過失がある」と認 定しています。つまり、使用者は労働者の労働時間を把握し、健康を害するような過重な労働をさせないように注 意しなければならない義務があるのです。具体的には、労働者の業務負担が軽減されるように人員を補充する、 労働者に休むよう指導する(場合によっては出勤させないようにする)などの措置を採らなければならないので す。
2 労働者の健康を害する労働時間とは?
では、労働者の健康を害する程度の長時間労働とはどの程度の時間をいうのでしょうか。
労災認定通達(平成13年12月12日付「脳血管疾患及び虚血性疾患等の認定基準について」基発第1063 号)は、その他の疾病についても、労働者が発症した疾病が、労働に基づくものであるか否かの判断基準を示し ています。同通達では、労働者の疾病が業務によって生じたか否かの判断基準として、次の3類型をあげていま す。
@異常な出来事
A短期間の過重業務
B長期間の過重業務
そして、B長時間の過重業務か否かの判断基準としてとして、月の時間外労働(残業)時間数をあげていま す。
通達は、上記B長期間の過重業務の具体的内容として、ア発症前1〜6ヶ月平均で月45時間以内の時間外 労働は、発症との関連性は弱い、イ月45時間を超えて長くなるほど、関連性は強くなる、ウ発症前1ヶ月間に10 0時間又は2〜6ヶ月間平均で月80時間を超える時間外労働は、発症との関連性は強いと規定しています。
当該基準からすると、1日4時間程度の残業を2〜6ヶ月間続けた後、心筋梗塞等を発症した場合には、当該疾 病と長時間労働との関連性は強いとされることになります。
上記通達の示す基準は、裁判上も参考にされており、労働者の使用者に対する損害賠償請求の根拠ともなり ますので、使用者は少なくとも労働者の残業が1ヶ月80時間を超えないかどうか注意すべきと思われます。
第3 労働安全衛生法によって規定される義務
1 労働安全衛生法は、「職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進す ることを目的」とする法律です(同法1条)。
同法は、使用者に対して、健康診断の実施(同法66条1項)、診断結果の労働者への通知(同法66条の6)を 義務付けています。これらの義務については、労基法13条を通じて、労働契約上の義務となりますので、確実 に実施するように気をつけたいところです。
2 長時間労働の問題に関わる規定では、労働安全衛生法68条の8及びこれを受けた労働安全衛生法規則52 条の2が、「休憩時間を除き一週間当たり四十時間を超えて労働させた場合におけるその超えた時間が一月当 たり百時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められる者」について、医師の面接指導を行わせることを義務づけて います。
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